永遠の一瞬


「永遠」

もう一度探し出したぞ。
何を? 永遠を。
それは、太陽とつがった
海だ。

(「ランボー詩集」堀口大学訳 新潮文庫)

この詩を知ったのは、村上龍の自伝的小説から。16歳だった。

神奈川の古都にある、カビくさい規律だらけの女子校に入学したてのころ、退学することばかり考えていた。音楽科を擁するその学校では、各授業の始まりと終わりに「ごきげんよう」と挨拶し、当時の教頭を筆頭に女性教師陣の幾人かはその学校の卒業生であるという、極めて狭い世界で成り立つ閉塞感漂う場所で1日の大半を過ごすのは息が詰まりそうだった。だが退学を実現するには大人を納得させるだけの退学後の進路を捻り出さねばならず、途方に暮れていた。

実は、入試の答案を提出間際、咄嗟に、入学したくないので不合格にしてほしい、と書き残したことで保護者に連絡が入り、入学前に特別に校長と面接をしたという前代未聞のエピソードがある。今では笑い話だが、当時の私は真剣だった。

もっとも、時を経た今となっては、あの独特の環境で人生の多感な時期を過ごしたことはいい思い出であり、なによりも学校へ通うことの出来る身の上だったことに感謝している。

当時のそんな灰色の日々に光を差し込んだのは、後に大親友となる同級生のTが、ある朝わたしの机の上に置いた2冊の本だった。村上龍のコインロッカーベイビーズと、太宰治の斜陽。その衝撃的な内容の2冊ともに、出だしの一行目から惹き込まれた。

Tはそのすぐあとくらいから休学した。彼女が休学中に書いた作文が市だったか県だったか、何かの賞を受賞した。たしか『太宰治と村上龍 自閉と破壊』というようなタイトルだったと記憶している。担任がその作文をクラスで朗読した。そうでなければ、その作文のことは私を含めクラスの誰も知ることはなかったはずだ。なぜならTは、当時から非常に大人びた思考の持ち主で、受賞について自らふれまわるような人ではなかったからだ。のちにその話題に触れたとき、作文を披露した担任に憤慨したと言っていた。断っておくが、客観的に見て、その担任はいい教師であった。慇懃な態度の教師もいるなかで、彼女の上品な人間性はたしかに光っていた。それは、大人になってからいろいろなタイプの人間を見てきた今、断言できる。だが、当時のTは担任を嫌っていた。彼女は16歳当時から人間の本質を見透かすような鋭い洞察力を持ち、私自身も、子供じみた(実際子供ではあったのだが)言動の矛盾を指摘されたことが幾度かあった。おそらくそんな彼女だから、担任のネガティブな部分が見えていたのかもしれない。

その頃、とにかく一刻も早く自立したいと思っていた。だが気持ちばかりが先走り、到底望み通りにはいかなかった。それでも、砂糖でべたべたとコーティングされていないTの言葉や、彼女が勧めてくれた文学や漫画や音楽のおかげで、人生における最も複雑で多感な時期を乗り切ることが出来た。

Tとは、渡米後しばらく文通していたが、度重なる引越しでいつのまにか音信不通になってしまった。先日クローゼットをひっくり返し、彼女の実家の住所を探し出すことに成功した。ここのところ彼女のことを思い出していたので、既にカードは用意してある。彼女の手元に届くといいな。

<本日の1曲>

The Strokes – Why Are Sundays So Depressing

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