ニューヨーク再開からもうすぐ2ヶ月。Phase 4も順調に経過している。それでもニューヨーカーたちは、灼熱の太陽が容赦なく照りつける日中33度越えの先週末もきっちりマスクをつけていた。筆者もマスクをした部分が汗で不快だったがぐっとこらえ、はずさなかった。
コロナ禍真っ只中だった頃、近郊の避暑地へ避難したニューヨーカーたちに対し、地元民は車のナンバープレートなどから訪問者を炙り出し、出て行けと攻撃するなど魔女狩りさながらの扱いをした。そのほかにも他州への移動を遮られたりと、まるでバイキンのような扱いを受けた。そのような不当な扱いに対し、筆者をはじめ全てのニューヨーカーたちは唇を噛みしめ、なす術もなく只々じっと耐えるしかなかったことを、皆忘れていない。だから未だに滅多のことではマスクは外さないし、ソーシャルディスタンシングも地道に守り通しているのだ。

先週末の晩、外食した。実に5ヶ月ぶり。ニューヨークではまだ屋内での飲食営業は禁じられているため、道にテーブルを並べて営業している。わずか50cmほどの真隣を結構なスピードで車が行き交う環境で食事する気分には到底なれないのと、屋外であってもマスクをしない人々の近くで長時間過ごすのは不安なので、再開後しばらくは外食はテイクアウトのみと決めていた。
行きつけだった近所の店に行く気になったのは、この店があるミッドタウン46th Streetの1ブロックがレストラン街のように店が集中しているおかげで、ブロック丸ごと車両通行止めになっているから。
久々の外食は、想像より遥かに快適であった。普段あまり口にしないビールの影響か、すぐそこで夢のようにぼんやり煌く摩天楼の夜景にうっとり見惚れた。さざ波のように漂う人々の楽しげな話し声や笑い声に包まれながら、あぁそうだ、飢えていたのは、この環境だったのだと気づいた。嬉しくて涙が少し滲んだ。この数ヶ月間、淡々と日々をこなし、とくにストレスはないと信じていた。それが実は、群衆に紛れる日常をこんなにもmissしていた自分がいたなんて。そのことに気づいたとき、心のどこかに沈んでいた重たい澱のようなものが一気に溶け出したような感じがした。
そうだ、元々サンフランシスコからニューヨークへ引っ越すことに決めた一番の理由は、人恋しさからだった。車を日常の移動手段とし、見ず知らずの人々と触れ合う機会が殆どないカリフォルニア文化に馴染めず、いつでも人々で賑わうカフェやレストランがあること、公共交通機関や徒歩で移動することが日常の生活をしたくてこの街にやって来たことを思い出した。ニューヨーク在住期間が長くなると、観光客で混雑する道やレストランを鬱陶しく思っていたこともあった環境を、こんなにも恋しくなる時が来るなんて、一体誰が想像し得ただろう。
その夜は青天井な気持ちの余韻にいつまでも浸っていたかったが、すぐに眠りに落ちた。








<本日の1曲> Diana Washington – What Diffence A Day Make