ボンゴレスパゲティー 地球の未来

特にこれといった買い物の目的があったわけでなく散歩の途中に立ち寄った近所のスーパーで、鮮魚売り場を通りかかったらめずらしくアサリが並んでいたので、急遽ボンゴレスパゲティーをつくってみたくなった。

ボンゴレは相方の大好物。日本海に面し海鮮の特産地生まれでカナダのバンクーバー育ちの彼は、シーフードについては一家言持っている。蟹の殻を魔法のように素早く剥くことができるし、エビやホタテ貝柱を絶妙な火の入れ具合で調理することだってできるのだ。

アサリは塩水に浸し冷蔵庫で2晩置いておいた。
翌日、気になってアサリの様子を見てみた。冷蔵庫をあけた瞬間アサリ達が殻から顔を出していたのを一気に引っ込めるのを目撃してしまった。
なんだかアサリ達が元気になっている….
それから翌日まで暗い気持ちですごす。
相方に、アサリ達をどこか近くの砂浜に放しに行こうと提案してみた。すると、どうせもう長くは生き延びれないだろうから、食べてあげたほうがアサリたちも報われるだろうと言われた。悩み複雑な気持ちだったが、感謝して美味しくいただく道を選択した。
でも、いざお皿にのっている変わり果てた姿のアサリ達を見たらどうしても食べる気になれず、パスタだけはすこし口をつけて、あさりは全て相方にゆずった。

Image 8-8-19 at 14.10動物が好きだ。インスタグラムでフォローしているのはナショナルジオグラフィックや動物愛護団体関連が圧倒的に多く、1日の終わりに動物たちの写真を眺めることをとても楽しみにしている。でも、わたしは革のライダースジャケットを愛しているし、革靴も履くし革のバッグも持つ。Fox毛皮の襟飾り付コートも持っている。それに肉も魚介類も卵も乳製品も摂取する雑食人種だ。

毛皮については、動物たちが棒で散々殴られた挙句、半分生きたまま悲鳴にならない悲鳴をあげながら毛皮を剥がれ涙をいっぱいに溜めた悲しい目をして死んでゆく映像を目撃して以来、新たに毛皮製品を購入することはなくなった。毛皮製品を身につけて外出することは支持することを意味するので難しいけど、既に持っているものは有難く大切にずっと着続けたい。わたしのコートの襟飾りなんかのためにthe poor guy had to give up his lifeなのだから。

アサリが牛だったり鶏だったり羊だったりしたらどうか。
もちろん食べられない。
相方が食べようと提案したなら、猫2匹とその動物を連れ迷わず家出する。実際の相方は、目の前に生き生きとして存る哺乳類を料理できるような人ではないので心配は要らないのだが、たとえ話として。

普段は主にシーフードと乳製品をタンパク質源とする食生活のペスカタリアンに近い食生活だが、週に1度くらいの割合で肉も摂取している。

数年まえ一人暮らしだったとき、肉を受け付けない時期があった。
ある日、料理に使う鶏肉を小さく切り分けている最中に突如「動物の肉を切り刻んでいる」自分を客観的にみてしまい、少しだけ肉についていた血のヴィジュアルも手伝い背筋が凍る思いをした。
買った食肉を冷凍や冷蔵してあることは、死体の一部を自宅に保存しているということに他ならないと気が付いてしまい、気分が悪くなった。それはたとえば映画や小説に出てくるような殺人鬼が、切り刻んだ屍体を冷蔵庫にしまい込んでいるのと何が違うのだろう、という考えから抜けだせなくなり、震え上がった。
鶏手羽肉の唐揚げはバーメニューの定番だが、それを食べている女性をどこかのバーで見かけた際、他の生き物の脚にかじり付いている人間の図、という視点で見てしまい、暗澹とした気持ちになった。

その後何年かをタンパク質補給を卵に頼って生きた。
卵だって生き物だ。だが最低限に健康を維持するために口にした。
豆類や乳製品からも良質なタンパク質は取れるけれど、動物性タンパク質の栄養には到底叶わない。

例えばハリウッドの人気女優のように専属の栄養士や美容家を雇い、徹底した栄養バランス管理を出来るのであれば話は別だが、菜食主義の食生活は確実に健康面や肌や髪質に悪影響を及ぼす。勤め人だった当時、残業つづきで体調を崩すことが多くなり、医師にすすめられるまま少しづつ肉類を口にするようになり、現在に至る。

いまや肉食であることまでもが環境破壊に繋がる時代。育ちざかりの子供や肉食動物でないかぎり、人間は肉をそれほど多く摂取しなくとも生きてゆける。先に述べたように革の装飾品を楽しむわたしが偉そうなことを言える立場ではないけれど、人間ひとりひとりが肉食をすこしづつでもいいので減らしてゆけたなら、地球が本来の寿命をもう少し長く全うできることが不可能ではなくなるのじゃないかと思う。

<本日の1曲>

Bjork – The Sugarcubes